「手」が脊髄と対話していることをご存知だろうか。自分自身との関係のなかに手がどのように位置するかを、常に我々は無意識のうちに把握している。首や肩の慢性的な痛みが「手」に起因しているとは、一体誰が想像するだろうか。身体と手の意外な関係が、明らかになる。
そいつは、たくさんのことを僕たちにもたらしてくれる。何かをたぐり寄せる時、なにかを扱う時、何かを仕分ける時や同定する時、なにか作り出す時、記録を残す時、仲間と抱擁をかわす時、よじ登る時や支える時、様々なところでそいつは僕たちの意志に応じて動きを企てる。さあ、そいつの正体は皆さんお分かりだろうか。答えは「手」だ。
脊髄と休みなく対話する我々の「手」
僕たちは手を「操作をする時」「移動をする時」「安定させる時」に利用する。人類の基本的な動きは36ある⑴と言われているが、そのほとんどが手の動きを利用する。僕たちの手は多様な運動を企画する上でとても重要な要素になっているようだ。子供は、この基本動作を習得しながら自分自身の動きを獲得していくといわれている。
Hands-Being (あなたの動きに先立つモノ)
さらにドイツの社会思想家であるフリードリッヒ・エンゲルスは、著書「自然の弁証法」の中で以下のように語っている。「手は自由になったのだ、今や手はどんどん新しい巧みさを備えることができるようになったのだ。その巧みさによって得られた素晴らしい適応力は世代から世代へと受け継がれ、さらに増大しているのだ、そのようにして手は単に労働の期間だけではなく、その手はまた労働の産物でもあるのだ。人間の手は労働によってどんどん新しくなっていく。仕事に適応することによって、さらにそのことから得られた筋肉や靭帯のあるいは長い年代を経るうちには骨の至るまでに特殊な訓練を継承することによって、そして、この受け継がれた洗練さをさらに複雑な新しい仕事に適応していくことによって、そのような高度な完全さを備えるに至ったのだ。その上にこそ、人間の手にはラフェロの絵を、トルヴェセンの彫刻を、パガニーニの音楽をあたかも魔法のように出現させることができたのだといえよう。そして、手に役立ったことは、また身体全体に役に立つのであり、その全身の協力においてこそ手は機能したのだ。」⑵
古典的な思想家がかたる誇張している表現であるが、これはとても本質を捉えているのではないか、僕たちはこの手で様々なコト・モノを作り出して、いくつものことを可能にしてきた。さらに最新の研究では脊髄反射と手のポジションは深く関わりあっているというこが明らかになっている。僕たちが手をあげようと企てるコンマ数秒前に脊柱の神経回路は自動的に反応するようになっているという。手が自分自身との関係のなかにどのように位置するかによって脊髄は反射的に自身の運動を制動することは人間の身体にデフォルトされているのだ(3)
身体全体が「手」に呼応して、本来のあり方を呼び覚ます。
Hands-Being (あなたの動きに先立つモノ)
手のあり方が多様であれば人間の動きも多様になる、36の基本動作のなかで示されているように、エンゲルスが表現するように、最新の科学が表現するように、手のあり方は動きのあり方に密に関わっている。しかし現代を生きる僕たちの手のあり方は、パソコンを打つことに画一化されつつある。手の甲は上を向き、ほとんど動くことはなくキーボードの上を優雅に踊る。移動距離にして15cmくらいしか動かないことから、我々の脊柱への影響は皆無になる。結果、姿勢は画一化され、その状態で肩関節の動きはかたまり、本来のあり方を忘れていく。そんな頃に、我々の首や肩には慢性的な痛みが生じる。体が悲鳴の叫びをあげるようになる。その状態になってしまえば、運動は遠のき更に動きの画一化を推し進めることになってしまう。
Hands-Being (あなたの動きに先立つモノ)
そうならないように、あなたの手を様々な活動で利用しよう。畑仕事を行ったり、アスレッチック施設を利用したり、クライミングの体験をしたり、プールを利用し泳いだりしてみよう。するとあなたの手は、様々な運動の目的に最大限適応しようと動きを企てる、手のダイナミックな動きにより身体全体が呼応する。忘れてしまった様々な動きを思い出す。もちろん長年の蓄積によって手のあり方が画一化され動き方を忘れてしまっている人もいるかもしれない、あなたの手は「痛み」という悲鳴をあげてしまっているかもしれない。そういうときは近くにいる動きに詳しいトレーナーに頼ろう、あなたの手は180度あげることができる、脊柱と連動し動くことができる、正しい動きで手を挙げることができなければ、正しい動きを培う必要がある、でないと怪我をしてしまうリスクを増やしてしまうだけだ。「手のあり方」は「動きのあり方」に直結し、あなたのあり方に深く結びついている。自身の手のあり方を、いまいちど内省してみよう。その微小な思索が、あなたを変える引き金になるかもしれない。
参考文献
- ⑴中村和彦 (2011)「運動神経が良くなる本」 マキノ出版
- ⑵クロト・マイネル (2013)「 マイネルスポーツ運動学」(金子明友訳) p11 大修館書店
- ⑶「The Spinal Cord is Smart Than You Think」 (参照2019年12月12日)